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エッセイ目次
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東京へ帰る飛行機が立つまで、一時間ほど時間があった。
「海を見よう」という私の案に、運転手の岩田さんは車を海に向けた。
島根県・米子市郊外。境港マリーナホテルの近くの海岸である。
夏の海の家の残骸か残る十一月、広い砂浜には人影はない。 海辺に腰をおろした。
今日の朝焼けはきれいだった。
「大山(だいせん)」のま後ろから朝陽がでる。陽の中を鳥たちが舞う。山と鳥がシルエットになり、空は一時として同じ色彩を留めない。
漁船が沖に向かう。
そんな、地球が目覚める瞬間をホテルの窓からずーっと見入っていた。
そんな話をしながら、ふと右手の浜辺をみたら、大きな赤い鯛のようなものが、波うち際でバタバタあばれている。 |
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「こわい!」「捕まえたい!」
「早く砂浜に引き上げよう。だれかに持っていかれたら大変」
岩田さんは、はだしになる。
いつも絵を描く、正面ではなく、なぜか裏返しにした。これでヤレヤレ。
ひきあげようとイカにさわると
「ぶちゅーっ」すさまじい勢いで水をふきだす。
「キャーッ」と大声で逃げる。だけど捕まえたい。又、引き上げる。
「ブチューッ」パンパンにふくらんだイカの口から、思いきっり水が吹き出す。
何回か「ブチューッ」と水をかけられそうになり、幸いにもその度に体をかわした。
大きな、まっ黒い目がにらんでいる。
やっとこさ、三角の耳をひっぱって、砂の上にひきあげ、さてその後どうしよう。
夏の海の名残りのビニールシートと、カゴを見つかった。まずビニールシートにひっぱりあげる。
そしてカゴに入れる。カゴをひっぱて車まで運んだけど、その重かったこと。その間、大イカはこちらのスキを伺っているようだ。
「キミ子さん、どうする?東京に持って帰る?」と岩田さん。
「ダメよ。生きているのよ。飛行機の中で、ブアーッと水吐かれたらまずいよ。岩田家で食べてよ。あっ写真を撮っておいてね。一二〇・くらいもあるイカなんて、みたことないもの。証拠写真忘れないでね」
カゴに入れたイカを車のトランクに入れてエンジンをかけた時、心から 「やった、捕まえた」と笑いがこみ上げてきて、二人で笑った。
「イカの絵を教えにきた米子で、イカを捕るなんて出来すぎてるね」と大笑いした。
四十女と五十女が、誰もいない砂浜でイカと格闘したのだ。
大笑いがおさまって、私はコートも上着も海岸に忘れていることに気がついた。
七万円のコートとイカを交換するところだった。
しばらくして、岩田さんからイカの証拠写真が箱一杯の柿と共に送られてきた。
七五〇〇グラムあったこと、お刺身にして六〇人分あったこと、やわらかくて、とてもおいしいイカだったことが書いてあった。
<車のトランクに乗せるまでは、イカ生きていたけど、いつ死んだのだろう>と思いながら口にしたその柿は、私が今まで食べた柿の中で一番おいしかったような気がした。
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今年の八月にも似たような体験をした。カメの上陸する日和佐に「カメ」を教えに行った。
その翌日、何と季節外れのアオウミガメが上陸したのだった。
夕方、日光浴から居候先の増田新聞店に戻ったら「カメが上陸した」という知らせが、新聞記者からも海洋研究所からも入った。
夕闇のなかを「それーっ」と大浜海岸に走ると、観光客が海に向かって走っている。
カメラのフラッシュがたかれる。我が共、陽子さんが
「フラッシュたかないで下さい。カメの目が潰れてしまいます。びっくりして、海に引き返します」と何度も叫ぶが、フラッシュはやまない。
監視員さんが板塀の囲いをカメのまわりに立てる。その板塀のまわりに人々が群がる。
「涙流してるの見える?」「ピンポン玉みたいな卵だわ」「見えない」「見えた」と大騒ぎだ。
カメの卵が産まれるところを見えるように、大きな懐中電灯をあててくれる。
「キミ子さんついてるわね。こんな季節にカメがあがるなんて。ふつうは六月なのよ。この季節の カメはもう寒くて孵化できないのよ」
「きっとカメの絵を描いた、ごほうびだったのよ」
「カメが海に戻るまで見ててね。それは感動的だから!」と陽子さんは帰っていった。
真っ黒な海岸で、カメは卵を産んで、それを砂で埋めて、それっきり動かなくなった。観光客がさわぎすぎたようだ。
「もう土手に引き上げて下さい」と監視員さんは言う。
すると、どこからか 「あっちにもカメがあがったよ」の声がする。
そっちへ、又バタバタと走り寄る。私も今度は要領よく、卵を産むのが見える位置につく。
卵を産みおわり、砂をかぶせ、くるりと回転し、海へむかってゆっくり歩く。
月の光の中を、白い波に迎えられるようにして帰っていった。
その偶然と、イカのことといい、タイミングが良すぎて気持ち悪いくらいだ。
やっぱり陽子さんが言うように、絵を描いたごほうびと考えるのがいいかなぁ。
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