キミ子方式と出会ってよかった!
キミ子方式に出会って、ちょうど一年たちました。去年八月、相模原市の教育会館で初めて〈空〉を描き、今年は全国大会に参加して、山下公園で〈空〉を描いている自分を改めて見直したとき、その変わりぶりに我ながら驚いています。
全員で記念撮影
去年の四月。新しく転任した中学校で、初めて障害児学級の担任になり、美術も一時間受け持つことになりました。始まってみると、どう指導してよいかわからず(私自身、絵に対して逃げたいような感情を抱いていた)、美術の時間が、苦痛になってきました。これではいけない、と悩んでいたとき、組合の回覧でキミ子方式を知り、何か役に立つことがあるのではと、ワクワクしながら参加しました。
そこで初めて〈空〉を描きました。キミ子さんから直接雲のぼかし方を指導して頂き、感激しました。楽しく、ラクに描くことが出来、とても満足でした。
「これをクラスのみんなと描いたら楽しいだろうな」と生徒たちの喜んでいる顔が目に浮かびました。さっそく、画材をそろえ、本をたくさん買いこみ、夏の講座をたくさん受講して、二学期を迎えました。
まずは、〈色づくり〉からスタート。私が黒板の前で説明。他の二名の先生と一名の介助員は八名の生徒を個別に、手取り、足取り支援しながら進んでいきました。今までにない、活気に包まれた授業になりました。生徒も先生も真剣に、しかも楽しそうに取り組み、全員が十五色できた時点でやめ、余白をちぎって、台紙にはり、全員の作品を黒板に貼り出しました。ここまで二時間。手応え充分でした。
次の週は〈空〉を描くことにしました。私ともう一人の先生が体験して気持よかったのと、手のふるえる生徒も、のびのび描けるのではないかということからです。〈もやし〉〈イカ〉〈毛糸の帽子〉といかずにやってもいいかなと思いましたが、私の気持が〈空〉の方へ決まっていたので、自分の気持を優先させて選びました。
黒板で説明したあと、私は手の一番不器用な子と、その手をとって一緒に描きました。今まで自由に描いてもらっていたときは、思うように描けないので、すぐグジャグジャにしていた子ですが、今回は自分で描いたのは十分の一くらいだったのですが、でき上がったときはとび上がって一番喜んでいました。それを見て、「自由に描く」という指導の残酷さを考えました。「自由に」がこの子を苦しめていたんだなーと改めて感じました。
今まで、すぐグジャグジャにしてしまうのも、やる前からすぐに「できない」「できない」と予防線を張ってしまうのも、いつまでも描きはじめないというのも、それは、どう描いていいかわからないし、「描きはじめの一点」が決まらないからで、そこをクリアーすれば先に進めること。その子が困っていることに、どんどん支援していけば、すごく集中して取り組めることを学びました。
〈空〉を描く授業をしたあとに、自分なりに反省することもありました。
指導する時は「ゆっくり」「少し」を念頭においていたのですが、私自身が、授業時間を気にしすぎて、気持ちがせかされたり、イライラしたりしてしまいました。しかしそれは、一度始めたら最後まで全部やりとげないといけないという、今までのクセがそうさせていると気づかされました。「楽しくやること」より「速くやること」、「時間内に作品を仕上げること」に価値をおいていたんだと気づかされました。
授業から何日か過ぎて、一緒にやった先生から「この頃、空をよく見るようになりましたよ」と言われたときは、「私と同じだ」と嬉しくなりました。十月には学校祭文化の部があり、「色づくり」と「空」を展示することになりました。「空」シリーズで行こうということで、〈くもり空〉〈夕焼け空〉も描いて展示しました。〈くもり空〉には草花を一本描き入れてみました。その作品を額に入れるとさらに引き立つということを聞いたので〈青空〉だけは額に入れて展示しました。
校長室の前に展示
当日はたくさんの人が見に来てくれましたが、「ほんとにウチのクラスの生徒たちが描いたの」と何人にも聞かれました。お父さんお母さん方には特に喜んで頂きました。文化祭後、校長室前のフリースペースに作品を展示させてもらえることになり、その作品が廊下を飾っています。
できないと思っていた自分が、ちょっとしたきっかけで自分が描いて楽しくて、そのたのしさを子ども達に伝えて、自分も仕事が楽しくて、絵を描いた生徒も喜んでくれて、その絵を見た父兄の方が感動してくれる。みんなが嬉しい体験ができてよかったなと思ってます。キミ子方式に出会ったことに感謝しています。これからも御指導よろしくお願いします。 |