エッセイ目次
 

No88
1996年8月4日発行


先生と呼ぶのはやめよう

 フランス・イギリス・スイス・ドイツ・アフリカ・デンマーク・スウェーデン・イスラエル・日本・アフリカの十ケ国から集まった15人の若者たちが、一九七七年四月に、私が入学したスペイン バルセロナにある語学学校の仲間たちであった。
 ある日、授業の時に、担任のガルバニーは言った。
 「僕のことを、先生と呼ばないで、ガルバニーと呼びなさい」
 「なぜ?」さっそくポルケ君が質問する。
 ポルケ君はスイス人、私がつけたニックネームだ。〈ポルケ〉とは、スペイン語で〈何故?〉という意味なのだ。
 彼は必ず「なぜ?」と聞く。「ポルケ?」。
 「文法に〈何故〉はナンセンスだよ、こういうものだと覚えるしかない」と、どの先生達も〈彼には困ったものだ〉という反応だ。でも、彼は「ポルケ?」と言うのをやめない。
 「なぜ あなたのことを先生と呼んではいけないのか? 教えてくれる者が先生で、習う者が生徒ではないのか?」
 ガルバニーは首を大きく横に振って、腕を両腰にあてて怒った表情で、生徒全員を見渡し、静かに宣言する。
 「君たちと僕は、一緒に学ぶ仲間だよ、先生と生徒という上下関係ではない。真理を追求する仲間だよ。どうぞ ガルバニーと呼びなさい」
 「ヤッター!」と私はニッコリした。ほとんどの人は納得して、ニコニコだ。ポルケ君も納得した。この学校に来て、本当によかったと思った。
 12年間、三人の子を産み、貯金を続けて、やっと37才で外国留学が実現した。もしかしたら、この言葉に出会うためだったのかもしれない。
 私は胸がいっぱいになった。
 キミ子方式を考えてから、私も「先生と生徒は一緒に学ぶ仲間である」としみじみ思っていたからだ。
 「反対!! NO! NO!」と猛然と意を唱える人が2人いた。イスラエル人の〈モンシュ〉と、日本人の〈シゲミ〉だ。
 「あなたは、僕たちに教えてくれる者なのだから先生ではないか!」とモンシェはこぶしで机を叩き怒る。
 「先生のことを「先生」と言えないなんて。日本では先生のことを先生と言わないと叱られるよね。ねぇキミ子、へんよね。」と、シゲミも大声で私に救いを求める。
 「NO! 私はガルバニーの言うことに賛成する」と、私は〈日本人はみんな同じ考えだ〉というシゲミの姿勢に、断固反対する。
 ガルバニーの提案に「賛成!」と私はニコニコして手をふる。
 「反対、絶対反対、誰が何といおうと、僕は先生と呼ぶ」と反対する2人。

 誰でも絵が描ける方法を求めての第一歩は「どこから絵は描きはじめたらいいのかわからない」という疑問であった。
 私だってわからない。でも、植物は、下から上に成長するから、その成長の順に描いていったらどうだろう?と、まず私が提案する。仮説をたてたのである。私はこう思うけど、あなたはどう思う?と問いかけたのである。
 「うーん、今、他にいいアイデアがないからその方法でやってみるよ。やってみて楽しくなかったら、考えよう」「なるほど言われてみれば、その方が自然だ」と描きはじめてくれたらシメタものだ。私の仮説の実証に向かっているのである。
 このテーマが絵を描く意味があるのかどうかということにも、私は自信がない。きっと、いいに違いないと、仮説をたてて、提示する。絵を描き終える2時間の間、夢中で集中したくなる価値あるテーマかどうか? 
 私は心配で、絵を描く人たちの仕草や、心の動きの変化を見逃さないように神経を集中させる。そして、感想文を書いてもらい結果を待つ。
 こうして選ばれたテーマが、キミ子方式の本に掲載されている。
 多数の人が楽しく描けなければ意味がないと、切り捨てたテーマも多い。多くの人が楽しくないテーマは、人間としてやる意味がないと思っている。

 クレヨンハウスがウーマンズスクールを開校したのは6・7年前のことだろうか。
 そこで、講師達が集まる会合があった。
 その時に、ある1人の講師は
 「〈教える〉ということは権力構造をもつので、私は好きではない」と発言した。
 「エッ!」と驚き、それと同時に私はもう発言していた。
 「〈教える〉ということは、人間と人間が、とてもセクシーな、いい関係をもつことだと思うんですけど・・・」。
 わからなかったことがわかる、それはよろこびである。よろこびに向かって、教えるものと学ぶものが協力する。それが、私の考える〈教える〉〈習う〉という人間関係だと思う。
 14年前まで、私は、小中学校の美術の産休補助教員をしていた。絵を教えることで、小中学生達と、いい関係になっていた。そこで、「私、泳げないんだけど、教えてくれない?」と、ある日、小学校5年生に頼みごとをした。彼女はいたって軽やかに「いいですよ」と引き受けてくれて、私と一緒に学校のプールに行った。
 彼女が「キミ子さん こうしてごらん」と、サンプルの動きをしてくれる。私は彼女の動きを真似する。でも、同じ動きを真似したつもりでも、うまくいってないようだ。そうすると彼女は「うまくいかないか~」とがっかりし、逆に同じ動きになっていた時には、すかさず「うまい、うまい」と喜んでくれる、はげましてくれる。私のために喜んだり、心配したりする、その表情の豊かさに
 〈えっ、習うことって、こんなに気持のいいことだったの? そーか、教える、習う関係って、とてもセクシーな関係なんだ〉と、しみじみ思った。いじわるな教え方をする人にはサディストの傾向があるのかなと思ってしまう。
 結局、その時 泳げるようにはならなかったけれど、教える、習う関係の気持よさを習う側からたっぷり味わい幸せだった。教育なんていやらしいとか、ウソつきごっこ遊びだとか、権力関係だという人には、なんて、悲劇的な関係しか体験していないの? と気の毒になってしまう。
 キミ子方式で絵を描く、その教室の中の人間関係は、絵を描く前の〈ここ〉を、視点にして〈こんなふうに〉描いていったらどうか?と、問題提議する側と、それをためしてみる側、ただそれだけである。だから、絵が描き終えたら、さらに平等になる。
 例えば、モヤシの描き方を教え、絵が描き終わった瞬間に、先生と生徒の関係ではなく、モヤシの絵が描けるもの同志、平等になったのである。

 キミ子方式を教える人を、先生と呼ぶのをやめよう。◯◯さんと名前で呼ぼう。
 〈先生〉と〈生徒〉という単語が、固定した上下関係をイメージしてしまう。
 従来の絵の描き方と全く逆の発想法がキミ子方式なのだから、従来あった徒弟制度のような構造や発想を捨てよう。
 人間はみな平等、ちょっと知っている者が知らない者に教えて、描き終わった時には、お互いに平等な人間関係をあらためて実感する。そのよろこびのためにキミ子方式がある。

 あなたがこの方法の原理を納得し、他人に伝えたいと思うなら,いつでもどこでも,ただちに他人に説明ができるようにな るだろう。そしてあなたは絵を描く喜びを通じて,この地球上に多くの友人をもつことができるだろう。
 『絵のかけない子は私の教師』「はしがき」(仮設社・一九八二年七月十五日初版)より抜粋。

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